• seitaiian

強制されるということ

最終更新: 2019年11月9日


小学校、中学校、高校。 学生の頃は、「強制」の連続でした。

国語の勉強、算数の勉強 理科に、社会に、英語の勉強。

体育では炎天下の中 校庭のトラックや、学校周りを走らされました。

たまに先生が休んだ時の「自習」の時間は天国でしたね。 まさに「強制」からの解放です。

図工・美術だけは小中高ずっと5。

福井県の整体院『整体療術院 癒庵』院長の近間です。

無理矢理。自由がない。相手の意思の無視。

「強制」という言葉に良い印象を持つ方は少ないと思いますし、僕もそういう印象を持っています。

自由を愛するタイプなので余計に 笑

でも最近 、「強制」ということへの捉え方が少し変わってきました。

これって実は、すごくありがたいことであり、誰もが心のどこかで欲していることなのかもしれません。

勉強も運動も、子供の頃だけではなく むしろ大人になってからこそ必要なことです。


ただ 必要なんだけれど強制ではない。


学生を終えてからは 言わば、ず〜っと「自習」の時間になるわけで

寝そべってお菓子食べながらテレビを見ててもいいし、一日中ゲームに没頭しててもいい。

まさに強制のない天国。


そしてある程度の年齢になってくると 心のどこかで思い始めるわけです。


ダラけきった体をなんとかしたい。 ランニングとか始めたほうが良いのはわかってる。

でも、面倒くさい。


もっと知識を深めたい。 本とか読んで勉強したほうが良いのはわかってる。

でも、面倒くさい。

体のケアなんかも同じです。

体が固まってきて姿勢も悪い。 ストレッチとかしたほうが良いのはわかってる。

でも、面倒くさい。

「でも面倒くさい」

面倒くさいんです。自由だからこそ。


行動に移した方が良いということはわかってる。 わかっちゃいるけど、誰に怒られるわけでもないから 結局、面倒くさいが一番最後にきてしまう。


でもこれ 「面倒くさい」と思ってしまうこと自体は 自然と湧いてきてしまう人間の感情ですから仕方がなくて


よっぽどアクティブな性格でない限り 面倒くさいと思うことを無くす! なんてことは出来ません。


そこで必要になってくるのは

「面倒くさい」

という思考になったその後。

「でもやらなきゃいけない。」

という、ゴリ押し的な強制を付けてもらうことなんですね。

でも面倒くさい。 でも、やらなきゃいけない。

ジムとかのマンツーマントレーニングでは 、「もう限界」というところから さらに「もう一回」「もう一回」と追い込まれるそうです。

このキツいゴリ押しが、自分ではなかなかできなくて

辛くて嫌だからこそ、誰かからの強制が欲しかったりするんです。

心の底から求めていない強制は、ただの迷惑にしかなりませんが 、深層心理で求めている範囲内での強制は案外悪くないことかもしれません。

ただ 「強制する」側の立場になるのであれば 、そういった相手の心情を見抜ける力が必要ですね。

このブログ 当初は週1回ペースでアップする予定だったんですが 、今ではこの有様。

〆切日とかが無いとこんなもんです。

自分には強制が必要なんだと 実感しています。


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